初任給の話
新入社員の給与が30万円超える企業がたくさん。
中には40万円超えるところもあるそうですね。すごい!
42年前、西島伊三雄先生のにしじまアトリエに弟子入りした時の初任給はぴったり8万円でした。
聖徳太子が8枚。
しかも1ヶ月働いて手渡された給料袋を開けてみるまで一体いくらいただけるのか知らないままの弟子入りでした。
(8枚のお札を見て何とか暮らしていけそうと思ったのを覚えています)
というのも、他のデザイン事務所に面接に行った時に提示された金額は30,000円。
とても暮らしていける金額ではなかったので驚いていると「最初のうちはデザインを教えてあげるんだから」という理由でした。
そのスタジオでは他の方も最初は親に仕送りしてもらっているとのこと。
父にそれを伝えると「それは就職とは言わん」と言われ、そこはさっさと諦めました。
にしじまアトリエでは年に2回給料を上げてもらいだんだんゆとりもできましたが、最初の頃はデザインの公募展での賞金で食い繋いだりもしていましたw
今なら考えられない昭和の思い出。
18歳の頃の思い出
理系からデザインの道へ進路変更したことは前に書きました。
デザインの学校の試験を受けるにはデッサンが必要です。
そこで美術部の友人が行っている美術教室に通うことにしました。
とはいっても、試験までは2ヶ月もありません。
そこで60枚ほどの鉛筆デッサンをしながら先生に描き方を教わりました。
これは後々までとても役に立つことばかりでした。
物の影のつき方だったり、形の捉え方、錯覚せずに描く方法などなど。
美術教室ではたくさん友人もできました。
ここには進学した後もちょくちょく遊びに行って、先生を通じて北九州市立美術館のアルバイトもたくさんさせてもらいました。
大阪の専門学校の説明会なども行ってみましたが、受験したのは福岡の大学と併設の短期大学。
どちらも合格しましたが「3歳下に弟がいるため4年間私立大学へ行くのは厳しいから短大でもいいか?」と父に尋ねられました。
進学させてもらえるだけでありがたかったので、何の不満もありません。
一般的な文系学部よりもお金のかかるデザイン系の短大に進ませてもらったことは今でも本当に感謝しています。
そして短大に行ったことでのちの人生が良い方へ大きく変わりました。
一つは、福岡のデザイン界でダントツの第一人者だった西島伊三雄先生の門弟になれたこと。
そして何より、今の妻と出会ったこと。
この二つの出会いがなければ今頃どうなっていたかと思うくらいです。
弟がいてくれて、4年生大学に行かなくてよかったw
本当に両親、美術教室の先生や友人たちには心から感謝しています。
そして今日3月3日は35回めの結婚記念日。
妻にも感謝感謝です。
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